「自分に合った仕事をしたい」という望みは、いつの時代も多くの人がもつものです。特にその可能性がまだ残っている30代半ばまでの年齢では「今の仕事でいいのか」「もっと自分に合った仕事があるんじゃないか」と葛藤することも多いでしょう。
「自分に合った仕事」は、多くの人が「好きなこと」と混同しています。しかし、好きなことを仕事にすると失敗しやすいものです。
今回紹介する『科学的な適職』では、
- なぜ「好きなこと」を仕事にすると失敗するのか
- どのように「自分に合った仕事」を探せばいいのか
を、タイトルどおり科学的に説いています。今回は、本書で紹介されている「科学的なデータ」を要約しながら「自分に合った仕事の探し方」を解説します。
「好きなことを仕事にする」のは間違いである~3つの調査~
「好きなことを仕事にすべきでない」という人生訓はしばしば聞かれます。これはただの経験論ではなく、統計からもいえることです。ここでは、その統計データを3つ紹介します。
「好きな仕事」で満足できるのは初期だけ
2015年、ミシガン州立大学が「好きなことを仕事にすると、幸せになれるのか」というテーマで、大規模な調査を行いました。被験者を下記2タイプに分類し、双方の満足度を調べるものです。
適合派 | 「好きなことを仕事にすべき」と考える |
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成長派 | 「仕事は、続けるうちに好きになるもの」と考える |
調査の結果「適合派」の満足度が高いのは最初だけでした。1~5年の長いスパンで見ると「成長派」の満足度の方が高かったのです。
「直感」で仕事を選ぶ人は、社会的評価が低い
「自分の直感にしたがって仕事を選ぶ」という人もいます。スティーブ・ジョブズも有名なスタンフォード大学でのスピーチで「自分の心と直感に従う勇気」を説きました。
ジョブズのような天才肌の人なら、これも正しいでしょう。しかし、科学的には直感で仕事を選ぶと失敗します。このことは、2014年にボーリング・グリーン州立大学が274人の学生に行ったアンケート調査でわかります。
この調査では「意思決定のスタイルが、その後の人生の満足度や周囲からの評価にどう影響するか」を調べました。意思決定のスタイルは、下の5つに分かれます。
合理的 | 論理的に考えて選択する |
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直感的 | 直感や感覚で決定する |
依存的 | 他者のアドバイスをもとに決定する |
回避的 | 決定を引き延ばそうとする |
自発的 | できるだけ早く決定を終わらせようとする |
結果は「合理的」なスタイルの圧勝で、他のスタイルはすべて満足度も他者評価も低いという結果になりました。特に「直感的」な学生では、自己評価は高いものの、周囲からの評価が低いという特徴がありました。「何となく想像がつく」という方も多いでしょう。
「好きな業界や職種」は10年で変わる
「テレビ業界が好き」「接客業が好き」など、好きな「業界や職種」で仕事を選ぶ人も多いものです。とくに「職種」については必ずしも間違いとはいえません。
ただ、科学的には「人間の価値観や好みは10年で大きく変わる」ものです。ハーバード大学は2013年に、18~68歳の男女19,000人以上を集め、下記の2つの質問をしました。
- 今後10年で、あなたの価値観や好みはどこまで変わると思いますか?
- 過去10年で、あなたの価値観や好みはどこまで変わりましたか?
結果、今後10年では「変わらない」と思っている人が大部分であるにもかかわらず、過去10年では「変わった」と答えた人が大部分でした。これは心理学でいう「歴史の終わり幻想」というもので、人間は常に「現在の自分の考えは正しい」と思うのです。
しかし、実際にはその考えは今後更新されるため、好きな業界や職種も変わっていくのです。
科学的に幸福度が高くなる6つの仕事
「好きなことを仕事にする」と失敗しますが、科学的な根拠で仕事を選ぶと、幸福度が上がりやすくなります。ここでは、科学的に幸福度が向上しやすい6つの仕事と、その根拠となるデータを紹介します。
仕事時間・内容の自由度が高い仕事
1,380人の労働者を対象とした台湾の研究では「不自由な職場はタバコよりも体に悪い」という結果が出ました。同じ結果は、ロンドン大学による調査からも明らかになっています。
- 喫煙者だが、会社内の自由度が大きい
- 非喫煙者だが、会社内の自由度が小さい
上記2つのグループを比較した結果「喫煙者」の方が健康度が高かったのです。本書では他にも多数のデータが紹介されていますが、「自由」ほど仕事の幸せを左右する要素はないと「最強の要素」として評価されています。
毎日何かしらの成果を感じられる仕事
ハーバード大学が「仕事のモチベーションを高める最大の要素」を調査した、有名な実験があります。7つの企業から238人のビジネスマンを集め、全員のパフォーマンス変動を、12,000時間に渡って記録し続けたのです。
結果、出た結論は「人間のモチベーションが最も高まるのは、少しでも仕事が前に進んでいるとき」というものでした。つまり、小さくても毎日何かしらの「達成」を感じられる仕事は、モチベーションが持続しやすいわけです。
これについては、どんな仕事でも「日記をつける」などの個人の工夫で前進を感じることができます。
内容が単調でなく、変化がある仕事
心理学には「快楽のウォーキングマシン」と呼ばれる現象があります。これは、人間はどんな変化にもすぐ慣れてしまうという性質です。
このため、たとえ自分に適した仕事でも、ずっと同じ作業を続けていると幸福度が下がります。逆に、仕事内容がバラエティに富んでいる場合、幸福度が上昇します。
テキサス工科大学が約200件の先行研究をまとめたメタ分析によれば、こうした「多様性」と仕事の満足度との相関関数は0.45で、最初にあげた「自由」と同等に高い数値を示しました。
やるべきこと、信賞必罰の基準が明確な仕事
スタンフォード大学による228件の先行研究の分析によれば、信賞必罰が明確でない企業では、社員の死亡率と精神疾患の発症率が上がる、と報告されています。南フロリダ大学による調査でも、やはり「タスクが不明確な企業で働くと、社員は体調を崩しやすい」ことがわかりました。
逆にいえば、評価の基準やタスク内容が明確な企業で働けば、健康を維持しやすいといえます。
職場に友達をつくりやすい仕事
アメリカで500万人を対象に行われた大規模な調査では、下記の2点が明らかになりました。
- 職場に3人以上の友達がいる人は、人生の満足度が96%も上がる(約2倍になる)
- (同上)給料への満足度も2倍になる
- 職場に最高の友人がいる場合、仕事のモチベーションが7倍になり、スピードも上がる
このデータは、アメリカの著名な心理学者でコンサルタントであるトム・ラスの著作『Vital Friends: The People You Can’t Afford to Live』でも紹介されています。
「友達が大事」というと小学校の道徳の教科書のようですが、実は仕事の能率を科学的に上げる上でも、友達はやはり重要なのです。
他者に貢献できる仕事
他者への貢献を実感しやすい仕事には「ヘルパーズ・ハイ」と呼ばれる、独特の高揚感があります。2007年、シカゴ大学が約5万人の男女を集め、30何かけて行ったリサーチがあります。
そのリサーチでは「もっとも満足度の高い仕事」のトップ5は、下のようになりました。
- 聖職者
- 理学療法士
- 消防員
- 教育関係者
- 画家・彫刻家
共通点は①他人を気遣う、②他人に新たな知見を与える、③他人の人生を守るなど、他者への貢献も含むことです。逆に、これらの要素がない「倉庫ピッキング・レジ打ち・工場での単純労働」などは、満足度が低い職業にランクインしました。
科学的に幸福度と関係がない仕事~4つの間違った選び方~
多くの人が「幸福度が上がる」と考える仕事で、実際にはそうでない仕事も多くあります。ここでは、そのような4つの仕事と、根拠となるデータを紹介していきます。
給料の多い仕事
「仕事はお金がすべてではない」というと、偽善や綺麗事のように感じる人もいるでしょう。しかし、データは「お金がすべてでない」ことを示しています。
ハバフォード大学の研究者、リチャード・ボールらの調査によれば、下記のように「収入は人間の幸福度に大きく影響しない」ことがわかります。下記は、それぞれの要素が「収入アップと比較して、どれだけ幸福度が大きいか」というデータです。
仲が良いパートナーとの結婚
⇒767%大きい(年収が平均値から「上位10%以内」まで上昇した場合と比較)
健康レベルが「普通」から「ちょっと体調がいい」に改善
⇒6531%大きい(年収が僻地から上位1%に上昇した場合との比較)
この調査はアメリカのものなので、年収はそれぞれ下の金額になります。
上位10% | 年収1,200万円 |
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上位1% | 年収5,600万円 |
もちろん、日本とアメリカで考え方は違うでしょう。しかし、それでも「世界的な高額所得者」のグループに入っても、満足度はそれほど上がらないことがわかります。
逆に「ちょっと体調がいい」という、誰でも目指せる状態になれば、年収5,600万になることの65倍の満足度を得られるわけです。
楽な仕事
「楽な仕事」は、実は幸福度を大きく下げます。3万人の公務員を対象にしたイギリスの研究では、組織内で地位がもっとも低い人は、地位が高い人に比べて死亡率が2倍高くなりました。
これは「地位が低いことによるプライドの問題では?」と思うかもしれません。それもあるでしょうが、公務員で地位が低ければ、仕事は非常に楽です。
このデータは民間でも共通しており、会社内で高いポジションにいるほど、健康で幸福度が高い事実が、複数の研究で示されています。民間企業では上に行くほど仕事量が多くなりますが、それでもイメージに反して健康度が高くなるのです。
このデータは、ケニアのサバンナで生活するバブーン(ヒヒ)を対象とした調査でも共通しています。仕事が少ない個体ほどストレスホルモンが多い傾向が見られるのです。
「これから伸びる」仕事
出典:Can You Forecast Better than a Dart Throwing Chimp?
現代でいうならAI系など「これから伸びる」といわれる仕事は、いつの時代もあります。しかし、このような仕事を選んで成功する、幸福になるとは限りません。
理由は、専門家でも有望な業界の予想はできないためです。この「予想できない」ことを示したデータで特に有名なのは、ペンシルバニア大学による研究です。
この研究では、1984年~2003年にかけて、学者・ジャーナリスト・評論家など、248人の専門家が集められました。彼らが3~5年後の経済・政治・企業の状況などを予想したのです。
集まった28,000超の予測の的中率は「ほぼ50%」でした。50%ということは「コイントスで決めてもかわらない」ということです。
この研究を行ったフィリップ・テトロックは「専門家の予測には、チンパンジーのダーツ投げと同じ正確性しかない」と、表現しています。投資の世界で有名な「チンパンジーのダーツ投げ」の例えです。
「適性」に合った仕事
「適性に合った仕事」というのは、実は誰にもわかりません。この点については、心理学者のフランク・シュミットとジョン・ハンターが、過去100年のデータを元にまとめた「仕事のパフォーマンスは事前に見抜けるのか」という調査が参考になります。
この調査で、求職者のパフォーマンスを最も事前に見抜けるのは「ワークサンプルテスト」となりました。「実際の業務に似たタスクを、事前にこなしてもらう」というものです。
しかし、この手法でも候補者の能力を的確に評価できる度合いは29%でした。ワークサンプルテストで100点なら、誰もが「適性のある仕事」と感じるでしょう。それでも、実際に仕事を始めて、適している可能性は29%ということです。
「性格テスト」は意味がない
出典:ENNEAGRAM COACHING
就職活動で行われる定番の性格テストとして「エニアグラム」や「マイヤーズ・ブリッグス」(MBTI)が挙げられます。しかし、これらはいずれも科学的には「無意味」と評価されています。
エニアグラムについては、学術的な調査をされた事例がありません。もともと占いのように主観的な内容のため「科学的な検証のしようがない」ためです。「スタンフォードが効果を実証」と一部でうたわれていますが、これは同大を修士で卒業した作家が、エニアグラムの本を出版しただけです(教授でないどころか博士号すら持っていません)。
MBTIについては、過去30年批判を浴び続けています。ミシシッピ大学による111件の先行研究を調査でも「MBTIの効果は落胆すべき結果に終わった」と結論づけられています。
ここまで述べたとおり「自分に合った仕事」は、科学的な基準から探せます。ここで紹介したデータはごく一部で、本書ではさらに多くのデータが紹介されています。
それらの一次情報に当たることで、より深い確信をもって「科学的な適職」を探せるでしょう。「自分に合った仕事を科学的に探したい」と思っている人は、ぜひ本書をチェックしてみてください。
(『科学的な適職』は、現在Amazonプライム会員ならKindle版が無料で読めます)