「AIによって仕事を奪われる」ことが多くの業界で囁かれるようになった昨今―。「淘汰されない人材になりたい」ということを、多くのビジネスマンが切実に考えているでしょう。
「淘汰されずに生き残るにはどうすればいいか」を考えるとき、特に参考になる書籍が『僕は君たちに武器を配りたい』です。本書は2011年のベストセラーですが、今の日本の状況を的確に予測しています。
現代でも通じる内容であることに加え「9年間の間に、日本人の収入や働き方はどう変わったのか」という参考にもなるでしょう。本書の著者・瀧本哲史さん(写真)は、2019年8月に47歳の若さで、惜しまれつつ亡くなられてしまいました。
出典:死去した瀧本哲史さんは、なぜ「ディベート」の大切さを説き続けたか | J-CASTニュース
この記事では瀧本さんの冥福をお祈りしつつ、最も知られる代表作である本書の内容をご紹介します。「これからの時代、自分はビジネスマンとしてどう生きていけばいいのか」と悩んでいる人に、参考としていただけたらと思います。
生き残る4タイプの人材
瀧本さんは、これからの時代に生き残る人材は、以下の4タイプであると指摘しています。
マーケター | 顧客の隠れた需要をつかむ |
イノベーター | 技術・サービスの「新結合」を考える |
リーダー | クレイジーな存在感でチームを動かす |
インベスター | 投機ではなく投資をする |
それぞれ「なぜ生き残れるのか」「どのような人が生き残れるのか」を、要約していきます。
① マーケター:顧客の隠れた需要をつかむ
一般的なマーケティングは、しばしば下のような状態に陥りがちです。
- 顧客をただの数字として見ている
- 自社の都合だけを考え、顧客のことを考えていない
- 業界によっては、顧客のライフスタイルを操作しようと考えている
一言でいうと「顧客の需要を満たせていない」ということです。瀧本さんは、本来のマーケターはこの逆で「顧客の需要を満たす」職種であるとしています。
マーケターとは、端的に定義すると、「顧客の需要を満たすことができる人」のことだ。
大切なのは、「顧客自体を新たに再定義する」ということである。(P.126)
これはドラッカーの『マネジメント』でも、同じことが書かれています。ドラッカーは「消費者運動はマーケティングの恥である」という有名な言葉を残しています。
消費者が不満を持って運動を起こすほど、マーケターが自分の仕事をできていないということだからです。ドラッカーが『マネジメント』を出版したのは1974年ですが、その時代からずっと、ほとんどのマーケターは消費者の需要をつかむことができていないわけですね。
具体的にマーケターがすべきことについて、瀧本氏は下のように書いています。
- 新しいライフスタイル、文化的潮流を見つける
- 自分で何かアイディアを持っている必要はない
マーケターに必要なこと、マーケティングに欠かせない要素については、当サイトの下の記事でも詳しく説明しているので、こちらもぜひご参照ください。
② イノベーター:技術・サービスの「新結合」を考える
イノベーターというと、新しい技術やサービスを「ゼロから生み出す」というイメージがあるでしょう。しかし、瀧本さんは下のように説明します。
日本ではよく「技術革新」と訳されるが、実をいうと「新結合」という言葉がいちばんこの言葉の本質を捉えた訳語だと私は考えている。既存のものを、今までとは違う組み合わせ方で提示すること。それがイノベーションの本質だ。(P.183)
太字のように、イノベーションで大事なのは「新しい組み合わせ」です。この考え方を表現した有名な言葉として、本書では「枯れた技術の水平思考」という言葉を出しています。
これは任天堂のゲームクリエイター・横井軍平氏(写真)の言葉です。枯れた技術とは「古くて当たり前になった」技術のこと。このような技術は安く使えます。
その安く使える技術の「斬新な組み合わせ」で勝負する。その組み合わせを考えることが「水平思考」です。
この説明を見て「マーケターと似ているのでは?」と思った人もいるでしょう。実際、何かをゼロから生み出すのではなく、今あるものを別の角度から見て考えるという点では、マーケターもイノベーターも似ています(少なくとも瀧本氏の定義では)。
このような発想力を鍛える具体的な方法として、瀧本氏は「何かを聞いたら常にその逆を考える」ということを挙げています。たとえば、中古車売買の最大手・ガリバーは買い取るけど売らない「買取専門」という、常識を覆す発想をしました。
このガリバーの発想については「ガリバー」の段落で詳しく解説しています。
③ リーダー:クレイジーな存在感でチームを動かす
いいリーダーの条件を、日本人は「誰からも好かれる人格者」と考えがちです。しかし、瀧本氏は「本当のリーダーは狂人である」としています。
日本人の多くは、謙虚ですばらしい人格を持ったリーダーを好むが、そういう人は実際にはリーダーにはなれないのである。歴史に名を残すレベルの企業を作ったようなリーダーというのは、みなある種の「狂気の人」であることが多いのだ。(P.197)
好例として挙げられているのは、マイクロソフトで長年ビル・ゲイツの相棒を務めたスティーブ・バルマー(写真)です。マイクロソフトでは「ビルが天国を語り、スティーブが地獄に叩き落とす」という有名な言葉がありました。
出典:CNN
急成長していた頃のマイクロソフトに集まっていたのは、世界でもトップレベルの天才たちです。その天才たちを「馬車馬のようにこき使って働かせた」のが、バルマーです。
- 元アメフトリーダーの屈強な体格で、
- プロレスラーのように叫びながら演説し、
- 冷徹で残酷な決断でも躊躇なく実行する
という「鬼」として動いたバルマーがいたからこそ、マイクロソフトは世界の頂点に立つことができた、と瀧本氏は指摘します。もちろん、そのバルマーをマイクロソフトに引き入れたビル・ゲイツも、またクレイジーな人物です。
出典:ビル・ゲイツが “天才” であることを示す13のエピソード | BUSINESS INSIDER JAPAN
ゲイツはP&Gで活躍していたバルマーに対し、「コンピューターが世界を変えようとしているときに、石鹸なんか売ってる場合じゃないだろう」と説得し、マイクロソフトに引き入れました。自分の技術に自信があってこその発言ですが、零細ベンチャー企業を立ち上げたばかりで、P&Gの事業「石鹸」呼ばわりするゲイツも、十分にクレイジーなリーダーだったといえます。
こうした偉人の話を聞いて「自分では到底真似できない」と思う人がほとんどでしょう。そのような人に対し、瀧本氏は「クレイジーでない人はリーダーのサポート役になれ」と説きます。
リーダーがクレイジーでも集団を動かせるのは「その言葉を翻訳してチームに伝えられる人がいるから」です。クレイジーを普通に「変換する人」が必要ということです。
それができる参謀になれるという点では「クレイジーでないことも一つの才能」なのです。
④ インベスター:投機ではなく投資をする
著者の瀧本さんは有名な投資家です。その立場から、本書ではまず「投機と投資の違い」を下のように説明しています。
「投資」は、畑に種を蒔いて芽が出て、やがては収穫をもたらしてくれるように、ゼロからプラスを生み出す行為である。投資がうまくいった場合、誰かが損をするということもなく、関係したみなにとってプラスとなる点が、投機とは本質的に異なる。(P.211)
また、人間は最終的に投資家になるか、投資家に雇われるかの2択しかないということも書かれています。たとえばマクドナルドやアップルの社長として有名だった原田泳幸氏も、極端な話「投資家に雇われている」のです。
だから「投資家万歳」「投資家にならなければ」ということではありません。瀧本氏はあくまで「理論的にはそういう構造になる」と指摘しているだけです。
ただ、この構造を考えると最終的にもっとも長く生き残る職業は投資家といえるでしょう。もちろん、長く成功し続けるためには、社会の将来を見通して「正しい投資」をする必要があります。
淘汰される2タイプの人材
瀧本さんは、これから淘汰される人材として、下の2つのタイプを挙げています。
トレーダー | 営業マン・代理店経営者など |
エキスパート | 医者・弁護士などの専門家 |
それぞれ、なぜ淘汰されるのか、どのような人なら生き残るのかを解説していきます。
① トレーダー:営業マン・代理店経営者など
トレーダーというと、一般的にはデイトレードなどの投資家を指すでしょう。しかし、瀧本氏の定義は下のようなものです。
「トレーダー」とは、単にモノを右から左に移動させることで利益を得てきた人のことを指す。会社から与えられた商品を、額に汗をかいて販売している日本の多くの営業マンがここに分類される。(P.113)
この定義だと「商人」はすべてトレーダーということですね。職業でいうと営業マン・代理店経営者・物販事業者などの人々が該当します。
ただ、当然ながらこれらの職種の人が「すべて不要になる」とは、瀧本氏も言っていません。たとえば広告代理店はトレーダーのカテゴリに入りますが、佐藤可士和氏のようにクリエイティブな仕事をできる人間は生き残るとしています。
出典:佐藤可士和インタビュー「デザインによってビジョンを見せる」| 経済界
もともと、誰もが長年「もっとクリエイティブな仕事をしたい」と言っていたわけですが、それを「強制的にやらされる時代になった」わけです。
② エキスパート:医者・弁護士などの専門家
医者・弁護士・会計士などのエキスパート(専門家)が淘汰されていく理由を、瀧本氏は下のように書いています。
エキスパートが食えなくなる理由は、ここ10年間の産業のスピードの変化がこれまでとは比較にならないほど速まっていることだ。産業構造の変化があまりにも激しいために、せっかく積み重ねてきたスキルや知識自体が、あっという間に過去のものとなり、必要性がなくなってしまうのである。(P.118)
特筆すべきは、太字の「ここ10年」というのが2020年時点で9年前の話であるということです。たとえば本書では「これから弁護士が厳しくなる」という内容の後、最後に市場での叩き売りにたとえて、下のような言葉を出しています。
「弁護士いる?弁護士。日給1万5000円で雇うよ」(P.166)
出版から9年経ち、この話は現実のものになっています。日弁連の『弁護士白書2015年版』のデータによれば、
- 弁護士の約5人に1人が、年収200万円~500万円
- 約8人に1人が、年収200万円未満
となっています。本書の予測よりも、むしろひどくなっているわけです。
【参考】弁護士“余剰”加速、半数が年所得400万円以下…現行司法試験組は“豚バッジ”とバカにされ | ビジネスジャーナル
今後も、やり方次第では弁護士も十分に稼ぐことができるでしょう。しかし、どんな職業でも、自分の創意工夫なしで生きていくことは難しくなったということです。
まとめ
まとめると、いつの時代も時代に適応することが大事というのは変わりません。昔から「なくなる職業」は当たり前に存在しており、現代だから特別ということはないのです。
激動の時代というなら、戦中戦後の方がよほど激動だったでしょう。あまり深刻に考えず「クリエイティブにならねば!」と気負うこともなく、仕事人としてやるべきことを的確にやっていく、という考えでも良いかと思います。
(当たり前の約束をきっちり守るだけでも、なかなかに難しいものです。それができるだけでも、立派に生き残れる人材となるでしょう)