ピーター・ティールのビジネス論~狭い新市場を競争せずに独占する~

ゼロ・トゥ・ワン

「ペイパル・マフィア」のリーダーとして、世界の起業家を代表する存在である、ピーター・ティール。これから起業を志す人も、すでに起業している人も、ティールのビジネス論には興味を持つことが多いでしょう。

ピーター・ティール出典:ピーター・ティール | Wikipedia

ティールは自身のビジネス論を、2014年の世界的ベストセラー『ゼロ・トゥ・ワン』の中でまとめています。この記事では、同書の内容を要約しながら、ティールのビジネス論の要点である「競争せずに独占すること」について解説します。

ティール個人への関心にかかわらず、起業家や起業志望者の方には、何らかの形でヒントにしていただけるでしょう。

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概要:斬新な製品を巧みに販売し、ニッチ市場を独占する

ピーター・ティールのビジネス論を簡単にまとめると、下のようになります。

  1. 斬新な製品を、
  2. 高い営業力で、
  3. ニッチな市場に投入し、
  4. 永続的な独占を狙う

「斬新な製品×高い営業力」という時点で非常に強いのですが、それをさらに「ニッチな市場」に投入し「圧倒的独占」を実現。それを「さらに長く続ける」というのが、ティールのビジネス論です。

一言でいうと「最初から最後まで独占」ということです。そのためには、

  • 競争してはならない
  • ゼロからイチを生み出さなければならない

ということです。ティールのいう「ゼロ・トゥ・ワン」は「新しいことに挑め」というようなポエムではなく、「その方が競争を完全に避けられて合理的だから」という発想です。

①製品:改善ではなく「0から1を生む」進歩

ティールはまず「プロプライエタリ・テクノロジー」が必要と説きます。訳すと「独占的な技術」です。

どのレベルから「独占的」というかですが、ティールは「既存の技術より10倍は優れている必要がある」と説きます。たとえばAmazonは最初から「普通の書店の10倍以上」の商品を揃えることで、この基準を実現していました。

初期のAmazonはネットで注文を受け、取次に発注する「ブローカー」だったため、在庫を抱える必要がなかったのです。そのため、最初から大量の書籍を揃えることができました(下の画像は起業当初のベゾスです)。

ベゾス出典:INDIA TODAY

ティールが立ち上げたPayPalは、当初eBayへのサービス提供に特化していました。PayPalもやはり、eBayでの取引を10倍進化させるツールでした。

それまで小切手でやり取りしなければいけなかったネット取引を、電子メールでやり取りできるようにしたわけです。むしろ現代人からすれば「小切手でやり取りしていたのか」と驚くかもしれませんが、このくらい「ゼロから始める」必要があると、ティールは説きます。

②営業:革新的だからこそ高い営業力が必要

「0から1を生む」ようなプロダクトを生み出したら、営業など要らない―。と思う人もいるかもしれません。しかし、ティールは

ただ作るだけでは買い手はやってこない。売ろうとしなければ売れないし、それは見かけよりも難しい。(P.171)

と説いています。本書の11章も、章全体が「営業の重要性」について書かれたものです。

「いいプロダクトを作れば営業はいらない」という考え方は、日本人特有のものではありません。アメリカでもその思想は根強く、ティールはそれを「フィールド・オブ・ドリームス的発想」と表現しています。

フィールド・オブ・ドリームス出典:フィールド・オブ・ドリームス | Amazon.co.jp

「フィールド・オブ・ドリームス」は1990年の映画で「それを造れば、彼が来る」という言葉で有名です。主人公が天の声に従って野球場を造ると、そこに伝説の名選手たちが集まってくるというあらすじです。

これと同じ「幻想」を多くの人々が抱いているとティールは指摘します。この幻想はシリコンバレーのエンジニアの間で特に強いといいます。

アメリカでも日本でも多くの人が「営業」を下に見ようとするのは自分の日頃の選択が、営業やマーケティングに操られたものではないと思いたいからです。

僕たちはみんな、自分は何ものにも影響されずに判断し、営業に惑わされることはないと思い込みたがる。しかし、それは間違いだ。(P.186)

ティールは自身のような投資家を含め、どんな人でも必ず営業の影響を受けていると指摘します。多くの人がそれに気づかないのは、上のように「思い込みたい」ことに加え、巧みな営業ほど営業だと気づかれにくいためです。

本当の営業は「営業だと気づかれない」ものであり、その営業マンの仕事も「楽をしている」ように見えます。しかし、ティールは「営業を楽に見せることがどれだけ大変か、人々は気づいていない」と説きます。

営業マンが顧客と電話で談笑していたり、2時間もランチをしていたりすると、エンジニアからは「遊んでいる」ように見えます。しかし、こうした売り込みのための努力があってこそ、革新的な技術も売れるということです。

最高のプロダクトを作ることは当然重要ですが、

  • だからと言って営業がいらないわけではない
  • 両方必要である

という原則を理解する必要があります(日本の製造業が世界の頂点から転落した原因の1つも、ここにあるといえるでしょう)。

③ニッチ:少数かつ特定の層を独占し、徐々に広げる

ティールは「小さく初めて独占する」ことを説きます。

どんなスタートアップも非常に小さな市場から始めるべきだ。失敗するなら、小さすぎて失敗する方がいい。

太字部分は意外に感じるかもしれません。「ゼロからイチを生み出す」ことを説く人は、一般的に「大き過ぎて失敗する方がいい」と説くだろうと思うでしょう。

ティールが上のように説くのは、実際に「大きい市場を狙って失敗した」からです。ペイパルは最初、世界に数百万人存在するターゲットを狙いました。

パームパイロットという「スマホの原型」となる端末のユーザーです。下の画像のように、スマホとゲームボーイの中間のようなデザインのものでした。

パーム出典:Palm | Wikipedia

当時、このパームパイロットのユーザーが世界に数百万人いました。ティールは彼らを対象にして、ペイパルの決済サービスを提供したわけです。

しかし、これは失敗しました。人数は多いものの、数百万のユーザーは住んでいる国もバラバラで、共通点がなかったためです。「この機能を提供すれば、彼らのニーズをまとめて満たせる」というものがなかったのです。

そのため、ペイパルは方針を変更。ターゲットを「eBayのパワーセラー」に絞りました。eBayで特に取引量の多い数千人をターゲットとしたのです。

1998年当時、eBay自体が世間にほとんど認知されていませんでした。「オタクがガラクタを売っている場所」というのが世間の認識で、その中の一部の集団のみをターゲットとするのは、一般的な常識では「あまりに小さすぎる」発想でした(画像は当時のeBayです)。

eBay出典:CNN

実際、ティールたちも最初はそう思ったため、数百万人のパームパイロットユーザーを狙ったのです。このユーザー設定の変更は成功し、ティールは「僕たちのプロダクトを本当に必要とする数千人に訴求する方がずっと簡単だった」と振り返ります。

ただ、一方でティールは「市場が小さいことと存在しないことは違う」とも説きます。「小さいけど確かに存在する市場」として、ティールが説く市場は下のようなものです。

スタートアップが狙うべき理想の市場は、少数の特定ユーザーが集中していながら、ライバルがほとんどあるいはまったくいない市場だ。(P.82)

PayPalでいう「eBayのパワーセラー数千人」に該当するようなニッチ市場を見つけたら成功する可能性が高い、といえるでしょう。

④独占:その分野を独占し続ける「ラストムーバー」に

ティールは「独占に成功しても、それを続けなければ意味がない」と説きます。その「最後まで独占を続ける企業」を、ラストムーバーと呼びます。

本書では、Twitter社とニューヨーク・タイムズ社が比較されています。Twitter社は本書が書かれた約1年前に上場しましたが、その時点での時価総額が、NYT社の12倍でした。

ティールはこうした例も出しながら「新聞の独占状態は終わった」としています。新聞社のような「絶対に崩せない既得権益の代表」のように思われる業種でも、安泰ではないということです。

(逆にいうと、現代でNYT社を超える新聞社を立ち上げたいと思う人は、Twitterのような会社を立ち上げれば良かったわけです)

賛成する人がほとんどいない「隠れた真実」を探す

本書は以下のような書き出しで始まります。

採用面接で必ず訊く質問がある。「賛成する人がほとんどいない、大切な真実は何だろう?」(P.22)

この答えは当然人によって違うもの(違わなければいけないもの)ですが、ティールの答えはこうです。「ほとんどの人は成功には競争が必要だと信じているが、真実は逆である」(成功するには競争してはならない)。

ティールのような答えを出すのは、当然難しいでしょう。そもそも、ティール自身もエリート路線からドロップアウトするまでは、スタンフォード大に飛び級で入学するほど「競争に勝っていた」人なのです。

ティールのこの問いかけに対して、すぐに答えを出せる人は少ないでしょう。しかし、起業して日々ビジネスを継続しながらも、頭の片隅には留めておくといいかと思います。

起業家としての現場での経験の中から、自然に見えてくる「ニッチな答え」も、やがて見つかる可能性があるでしょう。

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