働き方改革が盛んに叫ばれている昨今。裏を返せば「それだけ、多くの人が働き方に問題を感じている」ともいえます。
戦後の「モーレツ社員」の時代は、日本の経済とともに個人の所得も「倍増」していたため、多くの人が我慢できました。しかし、今の日本ではこれから経済の好転が起きたとしても、当時ほどの成長は見込めないでしょう。
「お金で釣る」ことができなくなった以上、組織の長もチームのリーダーも、マネジメントの仕方を今まで以上に考える必要が生じています。また、働く個人の側も「あらゆる働き方」が許されるようになった今、世間まかせにせず、自分で自分の働き方を考えることが必要になっています。
今回はそのヒントになる一冊として、Googleの働き方をまとめた『How Google Works』を紹介します。長くGoogleのCEOを務めたエリック・シュミット(写真上)とジョナサン・ローゼンバーグ(写真下)の共著で、世界的ベストセラーとなった本です。
出典:Former Google CEO Eric Schmidt will leave Alphabet’s board after 18 years | THE VERGE
出典:Jonathan Rosenberg (technologist) | Wikipedia
この本の内容は豊富かつ膨大ですが、今回は働き方の中でもいかにして燃え尽き症候群を防ぐか(回避するか)という1点に絞ってまとめます。
- 自らが燃え尽き症候群になったことがある人
- あるいは、なりかけている人
- 部下が燃え尽き症候群になるのを防ぎたい人
これらの人に、当記事の内容を役立てていただければ幸いです。
燃え尽き症候群は働きすぎで起きるのではない
この本は「燃え尽き症候群の原因」について、一つの結論を書いています。
2012年にYahoo!CEOになった直後に、シリコンバレーで最も有名なワーキングマザーのひとりになったマリッサ・メイヤーは、燃え尽き症候群の原因は働きすぎではなく、自分にとって本当に大切なことを諦めなければならなくなったときに起こる、と語っている。(P.80)
マリッサ・メイヤーはGoogleの初期メンバーの1人で「21人目の社員」です。下の写真のように才色兼備であるため「Googleの顔」としても知られていました。
このマリッサが語った「燃え尽き症候群の原因」ですが、実は彼女の個人的な見方ではありません。『The Truth About Burnout』(邦訳:燃え尽き症候群の真実)という、1997年出版の書籍にも書かれている内容です。
出典:The Truth About Burnout | Amazon.com
(上の書籍を、今回の書籍『How Google Works』の中で、エリックとジョナサンも紹介しています)
燃え尽き症候群にはさまざまな原因があり、単純に「働きすぎ」というケースも多く存在します。昨今の日本では特にこのパターンが増えているでしょう。
働き過ぎで燃え尽きるケースも多いのですが、働き過ぎても燃え尽きない人も多いものです。本書では「良い意味での”働きすぎ”」という章で、下のように書かれています。
多くの人にとって、ワーク(仕事)はライフ(生活)の重要な一部であり、切り離せるものではない。最高の文化とは、おもしろい仕事がありすぎるので、職場でも自宅でも良い意味で働きすぎになるような、そしてそれを可能にするものだ。(P.79)
そして、本書を読むとわかりますが、Googleの社員は(少なくとも本書が書かれた当時は)、嬉々としてハードワークをこなしています。
Google社員はなぜハードワークで燃え尽きないのか
Googleの社員は、なぜシリコンバレーで最高水準のハードワークをしても燃え尽きなかったのか―。単純に「仕事が楽しかったからでは?」という答えもあるでしょうし、実際にそう答える社員もいるでしょう。先程のマリッサ・メイヤーの発言も同じです。
しかし、本書には下のような記述もあります。
チームが小さいと、誰かが燃え尽きそうで、早く帰宅したり、休暇を取ったりする必要があるときに周囲が気づきやすい。大きなチームでは誰かが休暇を取っていると、「なんでコイツはサボっているんだ?」という話になりやすい。小さなチームでは、空いている席を見てみんなが幸せな気持ちになる。(P.80-81)
あらためて確認すると、この本はGoogleのCEOだったエリックとジョナサンが書いたものです。そして、上の引用文の前後や2人の経歴を考えると、太字のように誰かが燃え尽きそうになっていたことが、Googleでもあったと想像できます。
上の文章のように2人で書いたということは、Googleの「少人数チームでのマネジメント」の中で、実際に燃え尽きそうだった社員が救われたということです。それを2人が目の当たりにして「ああ。少人数と大人数だと、こういう違いがあるのか」と実感したわけです。
(上の引用文でいうと「なんでコイツはサボっているんだ?」というのが、過去にエリックとジョナサンがいた会社の雰囲気ということですね)
つまり、Googleのようにやりがいのある仕事でも、ハードワークをしていれば燃え尽きることはあるのです。その点を「小さなグループ」を重視するシステムで、Googleは物理的にカバーしていたといえます。
【参考】「イノベーションは小さなグループから起こる」グーグル創業者ラリー・ペイジの名言5選 | Yahoo!JAPANニュース
■「やりがいがあれば燃え尽きない」とは限らない
どんな考え方にも必ず「反対側の事実」があり、答えを一つに決めるのは難しいものです。やりがいがあって、精神的には燃え尽きていなかったとしても「体は燃え尽きていた」(限界が来ていた)という可能性もあります。
限界が来ていたとは限りませんが、たとえば下の記事で紹介しているデイブ・ゴールドバーグさんの例があります。
(記事内の「キャリアと幸せは両立できる」という段落で紹介しています)
Facebookの元COOとして、世界でも特に有名な女性の一人、シェリル・サンドバーグの旦那さんですが、47歳の若さで急死してしまいました。デイブさん自身もシリコンバレーで有名な経営者で、誰からも好かれる人格者でしたが、その分「無理をしていた」可能性もあります。
(この点は、30歳の若さで自殺されてしまった、三浦春馬さんにも似たものを感じます)
手塚治虫は60歳、スティーブ・ジョブズは56歳の若さで亡くなっています。二人とも、病床でも限界が来るまで仕事をしていました。
彼らは当然、精神的には燃え尽きるどころか「最後まで燃えていた」はずです。手塚治虫の未完の作品も『火の鳥』です。
ただ、物理的に彼らの肉体はそれぞれ、生後56年・60年で機能を停止してしまいました。医学的に言えば「肉体は確実に燃え尽きていた」のです。
もちろん、手塚治虫もジョブズも幸せだったでしょう。ここで言いたいのは、
- やりがいがあれば、確かに「精神」は燃え尽きない
- しかし「肉体」は燃え尽きることがある
ということです。このあたりは、私たちは「人間なのか、それとも動物なのか」という根源的な問いになります。
「私は人間だ」と思う人は、シェリルやデイブさん、手塚治虫やジョブズのように、人間として何かを成し遂げることを好むでしょう。そして「私は動物だ」と思う人は、老子や荘子のような思想で、のらりくらりと生きていくのを好むでしょう。
このように「そもそも頑張ることが大事なのか」ということを考えるとき、下の『努力不要論』はヒントになります。ビジネスマン個人はもちろん、チームリーダーにとってもヒントになる本なので、ぜひ参考にしてみてください。
Googleのような会社に入らなければダメなのか
出典:突撃!世界各国のグーグルのオフィスはこんなにクール!| BUSINESS INSIDER
本書を読んだときに限らず、Googleのような「イケてる会社」の事例を聞いて、下のように思う人は多いでしょう。
- 結局、Googleみたいな会社に入らないとダメなのでは?
- 少なくとも、IT業界みたいな進んでいる業界に行かないとダメなのでは?
本書のAmazonのレビューでも、一番多くの「役に立った」の票を集めているのが、「製造業の方は鵜呑みにしてもGoogleにはなれないでしょうね。」というタイトルのレビューです。同じように、
- うちの会社では無理
- うちの古い業界では無理
と思っている人は少なくないでしょう。この点については「身の回りでGoogleのような働き方を実現するには?」の段落で詳しくまとめます。
Google社員のような天才でなければ真似できないのか
出典:Alphabetの新CEO、サンダー・ピチャイ氏ってどんな人? | CNET Japan
「会社や業界のせい」とは思っていなくても「自分はGoogle社員のような天才ではないから無理」と思っている人もいるかもしれません。Googleの働き方に学ぶときに限らず、普段スポーツ選手や芸能人などのインタビューを見ていて、同じことを感じる人もいるでしょう。しかし、
- どの時代の有名人も、みんな忘れられていった
- 「覚えられている」と思っているのは、一部の人だけである
- 日本の有名人のほとんどは、海外では知られていない
- 逆にアメリカの有名人のほとんども、中東やアフリカでは知らない人が多い
- もっと言うと、アメリカのほとんどの有名人より、チンギス・ハンの方が有名
- すべての大富豪や経営者も、チンギス・ハンやアレクサンダーに比べたら「小物」である
ということを考える必要があります。そして、チンギス・ハンやアレクサンダーにしても、正しい人物像が今に伝わっているかはわかりません。
出典:「恐怖の大魔王」チンギス・ハンの戦わない戦略 | 東洋経済
また、仮に伝わっていたとして、今その様子を彼らが天界的な場所から見て、「後世まで名が残って満足だ」と思っているかはわかりません(思っている可能性もありますが)。
「自分はGoogle社員のような天才ではない」と思ったとき、「本当の天才なんてどこにもいない」ということを、あらためて考えるようにしましょう。
余談ですが、生前を知る多くの方から「ずば抜けた天才」と評価されていた投資家の瀧本哲史さんは、47歳の若さで亡くなられてしまいました(奇しくもデイブ・ゴールドバーグさんと同い年です)。
瀧本さんが残した名作として知られる『僕は君たちに武器を配りたい』については、下のページで詳しくご紹介しています。瀧本さんという偉大な方の死を見ても、やはり「天才という称号は幻である」「少なくとも、実際の命よりは幻である」と感じる人は少なくないでしょう。
身の回りでGoogleのような働き方を実現するには?
Googleのような「すごい会社」にいなくとも、ペイジやブリン、シュミットのような天才でなくとも、私たちはやはり「自分のできること」をすべきです。上に書いたように、結局「比べ始めたらきりがない」ためです。
本書の中で、エリックとジョナサンも、
そもそもあなたの社員は最高のはずだ(P.85)
と書いています。上の立場の人であっても、下で働く人であっても「自分の環境は現時点で最高だ」とまず思う必要があります。Googleに来た当時のエリックやジョナサンも「Yahoo!の社員の方が優秀だ」などと、Googleの社員にケチをつけようと思えば、いくらでもできたはずです。
Googleの始まりも「つまらない仕事」だった
そもそも、Googleのスタート地点も「つまらない仕事」でした。ほとんどの人から「それの何が面白いの?」と、鼻で笑われるようなアイディアから生まれているのです。本書の序文で、共同創業者のラリー・ペイジ(写真右)が下のように書いています。
その晩、ぼくは夢を見て、こんなアイデアとともに飛び起きた。ウェブ全体をダウンロードして、リンクだけを保存したらどうだろう、と。そこで紙とペンをつかみ、それが本当に実現可能か確かめるための具体的方法を書き留めた。(P.4)
今のGoogleの検索エンジンを知っていれば、太字部分の意味がわかるでしょう。しかし、ペイジが発想したこの当時、太字部分の意味を理解できる人は世界でほとんどいなかったはずです。
説明されて理解できても「ていうか、しょせんオタクの趣味でしょ?」という反応を示す人がほとんどだったと考えられます。ミュージシャンやアスリートを志すのと違い「知る人ぞ知る世界で頑張るのね」と、熱いまなざしというよりは、生暖かいまなざしを送る人が多かったでしょう。
(彼の周辺のレベルを考えれば違ったでしょうが、一般社会で同じ発言をしたとすれば、そういう反応だったはずです)
初期のGoogleが実際にどのようなものだったのか見てみましょう。1998年11月11日時点のトップページは、以下のものでした。
3週間後の12月2日には、下のようになっています。
ここから「世界の歴史を変えるようなサービス」が生まれるのですが、周りでペイジとブリンがそれほどの大物だと思っていた人は少ないでしょう。そもそも、当時検索エンジンはすでにYahoo!などが独占しており、Googleは「後発中の後発」だったのです。
- プロから見ても勝ち目がない
- 素人から見たら、全然面白そうに見えない
- ↑(稼げそうにも見えない)
というところから、Googleはスタートしたのです。
業界に関係なくGoogleのような仕事はできる
Googleのような会社と「対極の世界」はいくつかあります。一般的なイメージとしては「お役所」が浮かぶでしょう。
そのお役所でも、検索の世界におけるGoogleのように「唯一無二の仕事」をしている人は多くいます。たとえば、ソーシャルワーカーの勝部麗子さんです。
出典:みをつくし語りつくし:勝部麗子さん | 朝日新聞デジタル
勝部さんは豊中市社会福祉協議会で、1987年から働かれている女性です。全国第一号のコミュニティソーシャルワーカーであり、地域住民と連携した数々の取り組みで、全国的に注目されています。
NHKドラマ「サイレント・プア」(深田恭子主演)のモデルにもなり、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも取り上げられました。有名になったからいいということではなく、Googleのような先進IT企業とは正反対の「お堅い」職場でも、光る仕事はできるということです。
(もちろん、豊中市福祉協議会の方々を含め、勝部さんの周辺にもいい仕事をされる方が多かったでしょう。その方たちも含めて「役所だからどう」「福祉事業だからどう」という考えを持つ人は少なかったといえます)※少なくとも、社会に及ぼした影響を見る限りは
「サラリーマン」でも光る仕事はできる
勝部さんのお仕事は、一部NGO的な部分があります。「やりがいのある仕事=NGOや農業」というイメージを持っている人は、やはりここでも「業界が良かったから」と思うかもしれません。
しかし、鉄道会社勤務という「普通のサラリーマン」の方でも、やはり光る仕事をしている方は多く見えます。たとえば、勝部さんと同じく「プロフェッショナル」で取り上げられた、牛田貢平さん(写真)です。
出典:プロフェッショナル 仕事の流儀 「サラリーマンは、スジを通せ~鉄道ダイヤ作成・牛田貢平」| NHKオンデマンド
牛田さんのお仕事は鉄道ダイヤの作成で、肩書は東京地下鉄(東京メトロ)の社員です。高校卒業後に同社に入社し、駅員・車掌・運転士を経験された「ごく普通の肩書」です(少なくとも鉄道業界の外から見れば)。
しかし、長年のダイヤ作成の経験の中から独自の作成理論を考案。これが日本の鉄道会社だけでなく、海外の鉄道会社からの注目されるようになりました。そして、現在ではベトナムやインドネシアなど、新たに地下鉄を開業する国々でも、技術指導を担当しています。
このように、肩書からいえば「普通のサラリーマン」でも、熱心に打ち込めば世界に影響を与えるような仕事をできるということです。
(牛田さんは高校卒業で入社されているため、東大卒などの頭脳で独自の理論を生み出したわけでもありません。現場での経験から生み出したのです)
【参考】牛田貢平 | Wikipedia
Googleの仕事の取り組み方から働き方やマネジメントに活かそう
今回は、本書のAmazonでのレビューの中でも、特に高い評価が集まっていた「燃え尽き症候群に関する部分」に焦点を当てました。しかし、本書にはまだ他にも、働き方やマネジメントに関するヒントが多くあります。
個人の働き方のヒントを探している方も、マネジメントのヒントを探している方も、ぜひ本書から「世界最先端の働き方」を学んでいただくといいでしょう。