会社や取引先の戦略を考える仕事をしながら「戦略の本質」を知りたいと思った人へ

ストーリーとしての競争戦略

自社の経営戦略を立てる仕事をすることになった、もしくはすでにしているという人もいるでしょう。

  • 部署が経営企画部門である
  • 勤務先がコンサルティング系の会社である
  • 管理職である

このような立場の人は、自社や他社の戦略を考える仕事をしながら「戦略の本質」が気になることが多いかと思います。そのような人に役立つ書籍の一冊が、今回紹介する『ストーリーとしての競争戦略』です。

同書は2010年に出版され、経営学の書籍としては異例の20万部というベストセラーを記録しました。著者は一橋大学・大学院教授の楠木建さんで、楠木さんを有名にした同書は「スト競」の相性でも親しまれています。

この記事では同書を要約しつつ「経営戦略の本質」のヒントをまとめていきます。

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「競争戦略はストーリーである」とはどういうことか

書籍の冒頭

本書は「すぐれた競争戦略は、美しいストーリーのようになる」と説きます。そのストーリーが成り立つ条件をまとめると、下の3点が挙げられます。

連動性 すべての打ち手が一つのゴールに向かっている
意外性 「一見非合理」な他社が打たない手を打つ
正当性 社会にとって「正しいこと」である

それぞれの意味を、本書の言葉とともに説明していきます。

① 連動性:すべての打ち手が一つのゴールに向かっている

ストーリーには必ず流れがあり、すべてのエピソードがその流れに従っています。毎回読み切りのストーリーもありますが、各回のストーリーの中では、やはりすべての出来事・セリフなどが「一つの結末に向かっている」のです。

(あえてそうしない「シュールな実験的作品」もありますが、普通のストーリーは必ず一つの結末に向かっています)

優れた経営戦略も、やはりストーリーのように「すべてのアクションが、一つのゴールに向かって一丸となっている」ものです。手を打った時点では、物語の伏線のように「意味がわからない」ものでも、後からその意味がわかる(時代がその企業に追いつく)ということです。

著者はこうした優れた戦略を「動画」、そうでない戦略を「静止画」と表現しています。

② 意外性:「一見非合理」な他社が打たない手を打つ

さまざまな根拠があって「合理的に説明できること」は、実は競争戦略としては間違っています。理由は、合理的であるがゆえに、他社もすぐに真似をするためです。あるいは、真似どころか「すでに先に準備を進めている」恐れもあります。

面白いストーリーには「意外性」があります。優れた経営戦略にも意外性があるのは、奇をてらっているわけではありません。「合理的な仕事をすることは、実は非合理である」という理由からです。

(これは消耗戦を避けるべきということであり、基本的なビジネスマナーなどを無視すべきという意味ではありません)

著者はこうした「一見非合理な一手」をキラーパスと表現しています。誰もいない場所に放つ、一見してパスミスに見えるプレイが、味方選手が追いついてボールをキャッチした時に、初めて「最高のパスだったとわかる」ということです。

③ 正当性:社会にとって「正しいこと」である

シナリオとして面白くても、社会にとって有害な作品は発禁・放送禁止となります。同じように、どれだけ「連動していて意外性がある」ビジネスだったとしても、社会にとって正しくなければストーリーとして長く続きはしません。

(90年代に一世を風靡した武富士や商工ファンドの破綻が好例です)

ストーリー戦略では、詰め将棋のように「こうしたら、こうなる」という展開の予測をします。その展開の中で、動く相手は「社会」です。

社会は「多くの人にとってより良くなるように」動くわけです。全員が自分の利益を考えていれば、最終的に「全員にとって少しずつ良い方向」に動いていくわけです。

※これは、社会を放置しておけばいいということではありません。政府の介入も含めて、あらゆる人類のアクションが「社会が良くなる方向」に向かっているということです。

著者は、最終章「一番大切なこと」で、下のように書いています。

優れた戦略ストーリーを読解していると、必ずといってよいほど、その根底には、自分以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なものが流れていることに気づかされます。(P.499)

これを読んで「いや、それは綺麗事では?」と思う人もいるでしょう。この点を次の章で解説します。

正しいことで成功する戦略・3つの特徴

ここまで述べた3つの要素で、③の「正当性」について引っかかるという人も多いでしょう。

  • 連動性と意外性はわかる
  • しかし、正当性は必ず勝てる要素だろうか?
  • 卑怯な企業で成功しているところは、沢山あるのではないか?

ということです。確かに短期的に成功することはありますが、長期で見れば、先述の武富士や商工ファンドのように「落ちる」ものです。例外的に生き残る会社もありますが、基本的に長く残る会社は「正しい」ものです。

なぜ正しいことをしても成功できるのか、本書に登場する事例を見ると、下の3つの性質を満たしていることがわかります。

長期性 超長期の視野に立つ(マブチモーター)
柔軟性 斬新な発想をする(ガリバー)
共存性 他者にも利益をとらせる(アスクル)

それぞれの性質がわかりやすい事例を、本書の中から抜き出して紹介していきます。

① 長期性:超長期の視野に立つ(マブチモーター)

マブチモーター出典:マブチモーター株式会社

短期で成功しようとすると「正しい仕事」をするのは難しくなります。逆に長期的な視野に立てば「正しい事業」でも成功しやすくなります。

本書では、特に長期的な視点で行動し続けた企業として「マブチモーター」の事例を紹介しています。

1960年代から中国に進出していた
書籍の該当部分

マブチモーターは、小型モーターの製造で世界1位のシェアを誇る会社です。同社は1964年に中国(香港)での生産を開始しました。

これは、日中の国交が再開される8年前です。当時の中国は内戦に近い状態(文化大革命)の最中で、とてもビジネスの拠点にできる場所ではありませんでした。

その時代から香港とはいえ、中国大陸での生産を開始していたのです。その後、台湾・広東・大連と拠点を広げていき、1990年代には日本国内の工場を完全に閉鎖しました。そして、中国・東南アジアですべての生産を行うようになったのです。

日本の各社より40年早かった

日本企業が中国に進出し始めたのは、2000年代からです。マブチは、その40年前に動き始め、10年前には移行を完了していたわけです。

他の企業がスタートする遥か前に「スタートする」のではなく「すでにゴールしていた」ということです。マラソンでいえば、マブチがゴールして帰り支度をしている頃に、他の選手たちがようやくスタートしたといえます。

これは「先見性」ともいえるのですが、先のことを見据えて行動すると、結果が出るまでに長期間待つ必要があります。すぐに結果が出ることなら誰でも取り組むので、先んじた行動にはならないためです。

マブチと同じく「他の企業がやらないこと」をして、長期でなく短期で成功したストーリーもあります。それが次で紹介するガリバーの事例です。

② 柔軟性:斬新な発想をする(ガリバー)

ガリバー出典:ガリバー

大企業のスタイルは、しばしば業界の常識にとらわれているものです。不合理な「穴」が多くあり、その穴を埋める柔軟な発想をすると、正しいことをしていても短期で成功する例がしばしばあります。

本書では、そのように柔軟な発想で短期に飛躍した事例として、ガリバーの例を紹介しています。

中古車を「買うだけで売らない」会社として起業

ガリバーは中古車の「買取専門」を掲げて起業しました。

  • 買取はする
  • しかし、売りはしない(展示場を持たない)

というスタイルです。「売らない」というのは、

  • 「消費者」には、売らない
  • 「オークション業者」に、売る

ということです。あくまで消費者には売らないということであり、オークション業者という「BtoB」での売却はするわけです。

ただ、この形態は消費者から見たら「買取専門」です。買取専門というのは、そういう意味です。

(街中でよく見かける他業種の「買取専門」のお店も、やはりオークションなど「どこかで」売っています)

「オークションの業者に売る」ことは常識外れだった

自ら売らず、すべてオークション業者に売らせるというのは、当時の中古車業界では「愚策」といえるほど、常識外れなことでした。理由は、中古車は1台売れたときのマージンが、非常に高いためです。

つまり、いい車を仕入れたのにすぐにオークション業者に任せるということは、中古車事業の一番おいしいところを他社に譲るということなのです。その「おいしいところ」を逃す創業時のワンシーンを、創業者の羽鳥兼市氏が以下のように振り返っています。

「こんなにいい車を本当にオークションに出してもよいのか?」と、ガリバーの一号店の社員に聞かれたときは、自分としてもつらいものがあった。(中略)すぐに売れそうな車を満載したキャリアカーがオークション会場に向かうのを見送りながら、複雑な気持ちになったものだ。(P.422)

このように「奇策」のビジネスモデルであったため、創業時の同業他社の反応は冷淡でした。同じく羽島氏が、下のように振り返っています。

展示場を持たない買取専門の店舗だから、同業他社の反応はいたって冷淡だった。「小売抜きで買取が成り立つはずがない」「フランチャイズの素人が買い取れるはずがない」と冷めた目で見られていた。(P.424)

後半の「フランチャイズの素人が買い取れるはずがない」という部分ですが、ここもガリバーの戦略の斬新さの肝なので、説明します。

FCオーナーはすべて「素人」に絞った
書籍の該当部分

ガリバーはFCとして拡大しましたが、そのオーナーはすべて「素人」で揃えました。中古車販売店の経営者はすべて除外したということです。

当然ながら、すでに中古車を販売しているオーナーなら技術や接客のノウハウ、地元での人脈など、あらゆる武器がすでに揃っています。そんな彼らを排除して、「フランチャイズで初めて中古車の買取を経験するような素人」を募集したため、冷淡な目で見られたわけです。

(実際、現代で同じことをしても、おそらく「上手くいくはずがない」と多くの人が思うでしょう)

ガリバーが経験者を排除したのは「すべてオークションに出す」という原則を徹底するためです。中古車販売の経験者は、売れる車とその利ざやの大きさを知っているため、売れる車が入ってきたとき、それをオークションにルール通り流すことが難しいためです。

事実、創業者の羽島氏でも、先に紹介したエピソードのように「売れる車をそのままオークションに出すのは、辛かった」と感じていたわけです。羽島氏の理念をよくわかっている初期の社員さんでも「本当にオークションに出していいんですか?」と聞いたほどです。

これが経験者による加盟店だったら「少しくらい、自分で売っちゃえ」と、ガリバーのルールに違反して売ってしまう可能性が高くなります。この問題が実際に他社で起きていることを、本書も指摘しています。

現にそうした行動は、ガリバー以外の「買取専門」のチェーンの業界経験のあるオーナーにはしばしば見られるそうです。そのほうがオーナーの利益になるのですから、こうした反則がないようにフランチャイジーをコントロールしていくのはきわめて困難です。(P.415)

ガリバーでは、この「素人をFCオーナーにする」という点も含め、すべての施策が「買取専門」という一つのスタイル、「中古車の流通革命」という一つのゴールに向かっていました。最初に挙げた「連動性」の条件を見事に満たしている事例です。

(なお、現在のガリバーは買取だけでなく販売でも、国内No.1となっています)

③ 共存性:他者にも利益をとらせる(アスクル)

アスクル出典:アスクル

戦略ストーリーが成り立つのは「それが多くの人にとって良い」からです。具体的にいうと「他者にも利益をとらせ、共存共栄できるシナリオ」は、優れた戦略ストーリーといえます。

先述のガリバーの事例も、オークション業界に多くの利益をとらせるビジネスモデルでした。同じように他者に利益をとらせた成功例として、本書ではアスクルのビジネスモデルが紹介されています。

アスクルの事例
書籍の該当部分

アスクルは、オフィスの文具・事務用品などが「明日来る」会社です。現在ではAmazonプライムも同じサービスを提供しています。

しかし、Amazonプライムが日本で始まったのは2007年です。アスクルはそれより14年早い1993年から、翌日配達を実現していました。

「直販業者」になることで実現できた

アスクルが翌日配達を実現できたのは「直販業者」になったためです。直販業者とは「製造業者から直接仕入れて、直接消費者に売る」業者です。

タイプ STEP1 STEP2 STEP3 STEP4
通常 製造業者 卸業者 小売業者 消費者
直販業者 製造業者 直販業者 消費者

上の表のように、直販業者はSTEP2と3の「卸業者・小売業者」を兼ねるものです。これで「中抜き」を実現し、中間マージンがなくなる分、商品を安く売れます。

これは、中抜きをされる卸業者・小売業者にとっては脅威です。本来、卸業者と小売業者にとってアスクルは敵なのです。

アスクルは卸業者・小売業者を味方につけた

しかし、アスクルは両者を敵に回さず味方につけました。彼らに「新規顧客の開拓」を委託したのです。

アスクルの顧客は「小規模事業者」です。具体的には、従業員30人未満の会社を指します。

こうした小規模事業者の情報は、表になかなか出回りません。

数が多すぎる 日本の事業者の90%以上
分散している ニッチな場所でも事業が成り立つので、かなりの田舎にまで広がっている
広告が少ない 出す費用がないか、必要がない
メディア露出がない 注目されていない
表に出たがらない 税金や競合との関係、社長の個人的な人間関係など、さまざまな理由から

このように、あらゆる理由から小規模事業者の情報は表に出ません。そして、アスクルの顧客はまさに彼らなので、表に出ない彼ら顧客を、どうやって開拓するかが鍵だったのです。

小売業者が持つ地元のネットワークに目をつけた

長く地元で営業してきた小売業者(文房具店・事務機器会社など)は、地元の小規模事業者の情報を豊富に持っています。情報だけでなく人脈もあります。

そのため、アスクルは彼らに「新規顧客の開拓」を委託しました。また、この業務をできる小売業者を多く知っているのは卸業者なので、卸業者のネットワークも活用し、参加してくれる小売業者を増やしていきました。

これにより、本来敵になるはずだった小売業者と卸業者が、アスクルと「同盟関係」になったのです。

競合のオフィス・デポは、逆のやり方で失敗した

初期のアスクルの競合は「オフィス・デポ」でした。同社もアスクルと同じ直販業者で、アスクルと同様にオフィス用品をネットで直販していました。

ここまで両者は完全に同じです。違った点は、デポは完全に卸業者・小売業者を中抜きしてしまったことにあります。

アスクルも仕入れや販売では中抜きしているのですが、「営業」では中抜きをしなかったのです。しかし、デポはすべての面で中抜きをしたわけです。

このやり方は、うまく行った場合「利益がデポの総取り」になります。やり方によっては上手く行った可能性もありますが、実際にはデポは苦戦を強いられ、この業態ではアスクルに大きく差をつけられてしまっています。

まとめ:戦略に正解はない

本書は「経営戦略の立て方」という答えを示す本ではありません。答えはまったくなく、ヒントとなる「後からの分析による成功の論理」をまとめた本です。

本書の序盤でも紹介されていますが、名経営者の丹羽宇一郎氏は「経営は論理と気合いだ」と言っています。その「論理」の部分を補強する上で、本書によって経営の本質を学ぶことは有意義だといえるでしょう。

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